姫路を離れて高崎へ

27日に姫路は香寺町の寓居を大家さんに返して、昨日1日に高崎新町の新しいアパートに居を構えました。
思えば姫路/福崎はとても住みやすいところでした。離れるにあたってこんなに寂しいと思ったのは初めてでした。
25日の工場への最終出勤日は徒歩で溝口のアパートから福崎の工場まで。

こんな、ため池の堰堤を渡って直線的に向かってゆきます。なかなか楽しい道でした。
日曜日は引越しの荷物をまとめながら、晩御飯でお世話になった各所へお礼方々ご飯を食べにゆき、午後は姫路城へ。

田舎やさんといううどん屋さん。結構美味しかった。いつも体の調子が悪くなると行って、暖かくて消化に良いものを頂いていました。

姫路城にお金を払って入ったのは小学生以来。僕のとても好きな「姫路城」らしい構図の、はの門越しに天守閣を望む。
姫路城は、大混雑で、天守閣に登るのに1時間はかかりました。昔はするすると行けたのですが・・。ただ、昔と違って今はお城の構造そのものに気持ち悪さを感じます。惣構えを崩されて、内堀の内側に入られた時点でゲームセットなんですが・・。
池田輝政(徳川から見て外様)の大名が関ヶ原後に建てたのですが、遅延戦術の一環で少しでも戦力を西に釘付けにするのが狙いだったのでしょうね。気持ち悪さはそこから出てくるわけで、まともな指揮官だったら迂回するはずです。面倒ですからね。


そして、27日光回線の撤収から始まって、午後には引越しやさん登場。

2人ペアで、1時半過ぎに登場し3時には積み終わりました。単身パックLが3台。トラックを送り出すと、会社の総務の人に立ち会ってもらって、管理会社へ鍵を渡しました。曰く「きれいですね」・・うーん、見解の相違が・・。もう少し掃除したかったのに(笑)。っていうか、世間の人たちはどんな状態でわたしているのかしら?。
滞りなく引渡しも終わり、僕は残った荷物を持って新幹線に乗り姫路をあとにしました。


そして、1日に高崎市新町の新居に搬入。「大きな窓があるお部屋♪」の唄のアパートです。
まずはガスの開栓。そして9時には荷物着。

問題が一つ発生!、南側の掃き出し窓のカーテンがつんつるてん(笑)。とりあえずこのままで、後で考えます。
当日は隣の自衛隊駐屯地で桜祭りをやっていました。1分咲き位だったけれど。


僕は夕方、有楽町でお嫁さんと待ち合わせて加島美術へ。日本画の展覧会を見に行ってきました。

渡辺省亭の絵です。大胆に省略した構図がとてもよかった。左の鷺の絵がとてもよかった。

画廊の建物もとてもいい感じでした。こんなのがあるなんて、知らなかった。この近くに随分居たのですけれどね。


そんなこんなで、今日は勝田台にいます。
タキサイクルにも2年ぶり位に行って、ちゃんと面倒見られなかった自転車を預けて手入れをしてもらうことにしました。お店の雰囲気がだいぶ変わっていました。そんなところにも時間を感じます。