17年ぶりのソロ

この週末、元からお山に登るつもりでお宿もKEEPしていたのですが、1週間前の天気予報は雨。ところが日を追うごとに好転して金曜日の予報は晴れ!
土曜日はそこそこの対流と、強い西風で平地の冬のような感じでした。でも気温は24°まで上がって、当地としては暑い・・。
11時半くらいに離陸、相変わらず何をどう感じてどうしようとしているのか話しながら飛びます。目を配ってチェックしたものもなるべく話すようにします。
そんな感じで12分くらいの飛行。3機の同時進入の一番後ろで、先行機が滑走路中程で止まっている状況でON FINAL。グリーンを選択、早めに落として左側を選んで少し手前におろしてガタガタの手前で止まるつもりで進入しましたが、滑走路が空いたので滑走路に降りることを宣言して、少し浅いけど大丈夫かな?と思いながら進入したら「パスを高く」と後席。ダイブブレーキを少し閉じてそのまま伸ばそうとしたら「もっと閉めて」と。
もう一回飛びたかったのですが、1機のASK13にトラブルが発生してその対応で動き回ることになって飛ぶことをすっかり忘れていました。
後輪のトラブルだったのですが、保用品を探しに格納庫に戻りました。戻ってみると水畑さん(機体部会長)がいて、ダイニーマで端索を製作していました!。よかった〜と思いつつ状況の説明。あるとすればそこ、というところを探しましたが在庫は消耗品のみ。その後いろいろありJMGCに部品の在庫を問い合わせることになりました。
流れで僕が連絡を取ることになり、すごく久しぶりに中澤さんに直電。
「あら〜おひさしぶり」「あなたいまどこでなにしているの?」とは中澤さん。ご無沙汰をお詫びして要件を伝えます。いそぎますか?の質問に、On ground なのでと伝えるとすぐに対応して頂けました。各所に調整して翌朝宅急便のセンター留めで発送していただきました。ありがとうございました。
そんなこんなで、滑走路と格納庫を何往復かしているうちに伊那谷から雨雲が近づいてきて30分後の降雨が予想されたので撤収となりました。


近く雨雲。


滑走路を降りる複座機たち。
夜はこわしみずに宿泊。警察犬の大会があって、満室でした。
部屋に入り温泉に浸かるともう起きていられない。そのまましゅう〜と寝床で丸くなっているとお夕飯の連絡。
お夕飯をいただいて、またしゅ〜っと丸くなっていました。夜半に目が覚めて、少しいろいろしてちゃんと寝る準備をして寝ました。眠れん。でも鹿の鳴き声を聞きながら多分寝ていました。(眠れない夢を見ながら)
そうしたらこんどは朝4時ごろ犬くんたちの鳴き声で目が覚めちゃいました。
しようがないので5時ごろノソノソ起き出して滑走路までお散歩。
6時半にはコンテストが始まっていました。
7時半に食事を頂いて、8時半に格納庫に上がるともう準備が始まっていました。
僕は部品を待って取り付けて、点検してLOGにサインしてから、中澤さんにお礼の電話とその後の打ち合わせを水畑さんに確認しながら行い、全て終わらせてから滑走路へ。
雲が低い日でしたが、少し待機したのち始まりました。


歩いて滑走路へ向かう途中、準備中の風景を撮りました。
あまり対流もありません。
1回目、チェックだな、と思いつつ出発。曳航後半で曳航索から音がしたのと雲に入ったのでまだ上昇姿勢でしたが離脱してよいしょと水平に。対流もなくもう頭は場周のことしかありません。またひたすら考えとチェックしたことを言葉にしながらランディング。まっすぐ走ってとの指示(いつもはショルダーに入れて上の旧出発帯の上で止まる)でまっすぐ走って、止まって、風上の翼端をゆっくりおろしました。
「次つづけてソロで行きましょう」「!」やった!!


というわけで、17年ぶりの機長フライトでした。身体検査通してから18回目。
3ページ前は1行だけ、AWS20Cの耐空検査以来。
ここは降りるところがピストから離れているので、機体と一緒に戻ってからインストラクターの村上さんのデブリーフィングを受けて、それからクラブの皆さんから握手で祝福してくれて、素直にとてもうれしかったです。このクラブでよかった、と思いました。
あまり天気もよくないので、複座が2巡したところで練習を終わりにして、舗装滑走路の補修作業に入りました。30kg×12袋用意してブルブルしてアスファルトを均すやつとで滑走路へ。


着陸帯の気になる溝は大体埋まりました。転圧滑走路の上に3cm位アスファルト舗装がしてある感じなのでしょうか。
ブルブルするやつは手がビリビリしました。
作業がおわり、ミーティングをしてから解散。格納庫を降りて、こわしみずでお風呂頂いて、お夕飯をいただいてから下山。22時ごろ帰宅。
楽しい週末でした。